小児免疫療法

「デス・スター」腫瘍を「スーパーチャージ」T細胞で破壊する-Alex Huang博士に聞く
小児患者や若年患者の侵攻性転移がんを、からだの免疫系を利用して治療する可能性を考えたとき、Alex Huang博士は、「ジェダイの帰還」で第2デス・スターが破壊されたクライマックスのシーンを思い浮かべると言います。
ケース・ウェスタン・リザーブ大学の小児医学、病理学、医用生体工学、一般医学の教授であるHuang博士に詳しく語っていただきました。
「T細胞ががん細胞を攻撃しようとすると、がん細胞は破壊されないように「シールド(盾)」を発現します。このシールドは、免疫チェックポイント阻害などのように、様々なシールドを発現することによって、第2デス・スターを守る働きをします(つまり自身を攻撃から守ります)。」
「しかし、反乱同盟軍がシールド発生装置(免疫による攻撃を逃れるための生理的機構)を破壊すると、デス・スター(がん細胞)は1回の攻撃で完全に消滅しました。この10年間で、私たちは、腫瘍細胞を免疫システムから守る『シールド』のいくつかの弱点を突き止めました。」
米国における小児や青少年の疾患関連死要因のトップは小児がんであり、「デス・スター」と戦うHuang博士と博士の世界中の仲間にとって、これらの発見は新たな希望になりました。
この闘いは何十年も続いていますが、その過程で、HPVウイルスが関与するがんを予防するためのワクチン開発や、骨髄移植の幅広い普及など、多くの治療困難ながんとの闘いにおいて勝利を収めてきたとHuang博士は語っています。
「1960年代に急性リンパ芽球性白血病と診断された小児の生存率は10%を下回っていましたが、2007年までに、この疾患に苦しむ小児の過去5年生存率は95%となりました」
治療を通して、疾患との闘いに勝利してきましたが、完全勝利までの道のりはまだ遠いようです。
「現在の課題は、どの小児がん症例で、第一選択治療として免疫療法を推し進めることができるか見きわめること」
「難治性、再発性、転移がんへの効果はまだ十分でなく、これらのがんに対する集中的な化学療法を行っても治療が難しい領域です」と、Huang博士は語っています。「また、従来型の化学療法や手術/放射線療法が進歩しても、このような治療による効果が受けられない青少年や若年層の患者がいます。」
さらには、化学療法でがんが治癒した子供でも、長期の副作用に苦しむこともあります。こうしたことが、より毒性の低い治療法の探索を継続するきっかけとなっているのだと博士は述べています。
「このような小児患者の治療において、私たちは、新しい治療法の発見とともに、私たち自身が成功の犠牲者となってしまったと言えるのではないかと考えています。今後の課題は、特定の小児がん症例で、第一選択治療として免疫療法を推進できるかどうかを見きわめることが必要です。」
免疫システムでがんの防御シールドを打ち破る
免疫療法は、体内の免疫細胞が、低分子では到達できないような場所にまで到達できるだけでなく、がん細胞が有する「防御シールド」を破壊できる可能性があることから、有望だと言えます。
「私たちは、この10年で、このシールドの弱点のひとつが免疫チェックポイント阻害剤とPD-1/PD-L1の相互作用であることを突き止めました」と、Huang博士は語ります。
膜貫通タンパク質であるProgrammed death-1(PD-1)と、そのリガンドのひとつであるPD-L1間の相互作用は、効果的な免疫療法を確立するうえで、極めて重要な知見であり、画期的な標的のひとつであると広く考えられています。
Huang博士は、さらに次のように説明しています。「T細胞上のPD-1が腫瘍細胞上のPD-L1と相互に作用することで、腫瘍細胞は増強され、T細胞の機能は弱まります。この相互作用を阻害することで、T細胞は「スーパーチャージ」され、この過程で腫瘍細胞を死滅させることができます。」
これまで、PD-1とPD-L1を標的とする治療は、45%の患者で有効であることが研究によって示されています。ただ、残念なことに、すべての腫瘍において効果が認められていません。さらに、PD-L1は必ずしも腫瘍細胞に特異的ではなく、免疫細胞にも発現していることがあるため、絶対的な相関が認められません。
「現在、免疫チェックポイント阻害剤は子供を対象に臨床研究が行われておらず、PD-L1発現をバイオマーカーとして使用することは議論が分かれます。様々な小児がんでは、PD-L1発現も変化が大きいと考えられており、免疫チェックポイント阻害剤が実際に小児がんに効果があるかについては懐疑的な見方もあります。」
その代わり、Huang博士と小児がんの研究者らは、小児や青少年に多くみられるがんの治療に免疫療法を使用する、別の選択肢が現れたことに勇気づけられています。
「小児がん研究において、B細胞白血病の治療にCAR-T細胞を使用する道が開かれました」と博士は述べています。博士は、細胞表面にキメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれる受容体を産生するように遺伝子操作を行ったT細胞に言及しました。このCAR-T細胞は、腫瘍細胞上の特異抗原を認識し、それに結合することができます。
Huang博士はまた、次のように述べています。「小児がん治療において、神経芽細胞腫に対する抗GD-2モノクローナル抗体が最近FDAの承認を受けました。」GD2は、メラノーマや神経芽細胞腫などの神経外胚葉性の腫瘍に発現するジシアロガングリオシド抗原です。神経芽細胞腫は、乳幼児で最も多くみられる悪性腫瘍であり、小児では3番目に多いがんです。
「現在、免疫チェックポイント阻害剤は小児では研究されておらず、バイオマーカーとしてPD-L1発現を使用することは議論が分かれる課題…」
Huang博士が特に関心を寄せているもうひとつの研究分野は、サイクリン依存性キナーゼ5(CDK5)と呼ばれる酵素です。複数のがんで、この酵素の異常な活性化が観察されています。CDK5を高発現している腫瘍は、CDK5活性が低い腫瘍と比べて予後が不良です。これは、一般的な小児脳腫瘍である髄芽腫の研究によって臨床的に確認されており、CDK5活性とCD3 T細胞の浸潤レベルとのあいだには、間接的な逆相関が示唆されています。
「がん細胞のCDK5発現量は、何らかの形で、腫瘍微小環境における宿主免疫応答に影響を与えています。私たちの研究室では、学内の共同研究者とともに、同じ酵素がT細胞のバイオロジーにおいて重要な役割を担っていることを確認しました」と、Huang博士は説明しています。
「ただし、この酵素は、腫瘍を攻撃するというプラスの作用をもつ一方で、T細胞にも有害であり、『両刃の剣』であるとも考えられます。私たちは、現在、CDK5阻害薬を製造している企業と話し合いを行っていて、免疫療法に対する腫瘍微小環境の感受性を高める薬剤を使用できるかどうか検討しています。」
「CDK5が重要であることは明らかですが、免疫療法に具体的にどのように適用できるかはまだ不明です」と、Huang博士は述べています。
従来のがん化学療法と同様、免疫療法もその効果が認められ始めました。
「いくつかの免疫治療薬が承認されています。承認薬はこれからも着実に増えていくと信じています」と、Huang博士は語ります。
その速さは、遠い銀河系を飛び回る宇宙船、反乱同盟軍Xウィング戦闘機の速度と比べると、かなり遅いでしょう。しかし、私たちの銀河系でも目的は同じです。Alex Huang博士の目標は、手ごわい標的である、小児がんというデス・スターの最終的な破壊にあるのです。
詳しくは、Huang博士を特集した免疫療法の可能性に関するこのWebセミナーをご覧ください。